73歳でお米農家を辞めた農家さん
耕作面積2ヘクタール(坪数で約3000坪))の米作農家を辞めた農家さんに聞いた話ですを少しだけ紹介します。
● 体力の減退や農機具の買い替え、肥料代などの経費を考えるとやっていけないというのが農家を辞めた理由。公民館の受付け係などの非常勤就労をしながら農業の赤字分を補填している。
● 「集落営農」の政策がすすめられたが、補助金により小さな農機具置き場はつくれたものの、農作業が軽減されたわけではなく、70歳という年齢は集落の中で最も若かったので農作業量も増え、事務処理、会議内容の説明、みんなの意見のとりまとめ(高齢者な自分本位のことを主張するばかりで動くことはしない)など負担が大きくのしかかるばかりでした。
● 生活ができないのですからどこの家庭も子供たちは全員出て行っています。親と同居している家庭はありません。実家の近くで働くとすれば、公務員や農協などに就職するしかありませんので就職するのは狭き門なのです。若者にとっては、こんな閉塞感が強く、やりたいことも見つからない田舎で暮らすなど考えられないことですし、親も子供には農業をさせたくないので外に出て行って働くことが当然のことだと思っています。
● 結局、数年で超高齢化はますます進み、団体は解散しました。田んぼは近隣の人に貸し出すことになりましたがその田んぼを借りて耕作をしていた人も高齢ですでに限界が来ています。来年からまたこの一帯に耕作放棄地が増えます。
「集落営農」政策はほとんど効果がなかった
集落単位での農業を推奨する「集落営農」の政策が本格的に始まったのは、2000年代以降です。これは、1999年に制定された食料・農業・農村基本法によって、農業の担い手育成が国の重要な課題として位置づけられたことが大きなきっかけとなりました。
集落営農の取り組みには、国や自治体から様々な補助金制度が設けられています。これらの補助金は、集落営農組織の設立から、その後の経営強化、法人化に至るまで、様々な段階で支援を行うことを目的としています。
しかし集落営農への政策支援は、高齢化と人手不足に悩む地域農業の救世主として期待されてきました。しかし、その実態は「税金の無駄遣い」と批判されるケースが少なくありません。
最大の課題は、組織化の弊害です。国の補助金を得るために形式的に集落営農組織を設立するだけで、実質的な経営改善や生産性の向上に繋がっていない事例が散見されます。 各農家が自分の農地を任せるものの、責任の所在が曖昧になり、意欲的な取り組みが生まれにくい構造になっています。
また、高額な農業機械を補助金で導入しても、使いこなせる人材が不足しているため、稼働率が低く、宝の持ち腐れになっているケースも多々あります。共同利用を巡る人間関係のトラブルも絶えず、かえって地域の対立を深める要因になることもあります。
結果として、集落営農は「農地を荒廃させない」ための一時的な延命措置にしかなっておらず、「儲かる農業」への転換には程遠いのが現状です。多額の税金が投入されながら、根本的な問題解決には至っていないこの状況は、抜本的な政策見直しを迫られています。
過疎化が進む日本の農村部において、農業の未来は明るくないと言われています。しかし、最近では「スマート農業」や「新規就農者」といった言葉が希望の光として語られることが増えました。
IT技術を導入し、意欲ある若者が農業に参入すれば、日本の農業はV字回復できる――そう考える人も少なくありません。しかし、現実はそれほど単純ではありません。ITの力と、農業に魅力を感じる若者の力だけでは、日本の農業の衰退を止めることはできないのです。
そして、農業政策が進まない最大の原因は、平坦で広い農地がない地域の小規模農家が大部分を占めているため、法人化して効率よく利益を上げることなど到底無理な話なのです。
また、もっと深い原因があります。終戦直後の日本で行われた、大地主から小作農に土地を分け与えた政策、農地改革です。これは、戦後の民主化政策の一環として、農村部の経済的・社会的不平等を解消し、日本の食料生産体制を安定させることを目的として、連合国軍総司令部(GHQ)の指令に基づいて実施されました。
それまで自分の土地を持たない小作農の人たちは大地主から譲り受けた自分の土地を守るために一生懸命働きました。今の高齢者たちはその親の苦労を見ていますので、おいそれとその小さい農地を手放すには抵抗があり、赤字を出してでも米作農業を続けなければという思いがあったようです。
若者の定着を阻む壁
若者が農業に魅力を感じて移住してきたとしても、彼らが直面する課題は山積しています。特に、農地の確保は大きな壁となります。耕作放棄地は増えていますが、所有権が複雑に入り組んでいたり、相続の問題で手がつけられなかったりするケースがほとんどです。意欲があっても、耕す土地が見つからなければ農業は始められません。
さらに、初期投資の高さも大きな負担となります。農業機械や施設、種苗など、新規就農には莫大な資金が必要です。国の補助金制度もありますが、それだけでは十分でないことも多く、自己資金や借金に頼らざるを得ないのが現状です。
流通と市場の構造的な問題
日本の農業が抱える問題は、生産現場だけではありません。流通と市場の構造そのものに、大きな課題があります。多くの農産物はJA(農業協同組合)や卸売市場を経由して消費者の手に届きますが、その過程で生産者の利益は目減りしてしまいます。
また、日本の農業は小規模農家が多く、価格競争力が低いという弱点があります。海外の安価な農産物との競争に晒され、価格を上げることができないため、いくら良いものを作っても十分な利益を得ることが難しいのです。
海外でお米を作るには問題点が多い
日本の農業法人が海外で米を生産している事例は、一般的にはあまり多く知られていません。その理由はいくつか考えられます。
まず、日本の農業法人が海外に進出する場合、米以外の作物(野菜や果物など)や、付加価値の高い加工食品の生産・販売に力を入れているケースが多いからです。これは、米は海外でも比較的安価に生産されているため、日本の法人が海外で生産しても、価格面で競争力を出すのが難しいという事情があります。
また、日本の米を海外に輸出する際、玄米で輸出し、現地で精米して販売するというビジネスモデルも存在します。これにより、消費者に「新鮮な日本米」として提供することができ、高付加価値化を図っています。この場合、海外で「生産」しているわけではありませんが、日本の農家と連携して海外市場を開拓していると言えます。
しかし、全くないわけではなく、個別の企業や個人が海外で米作りに挑戦している例は存在します。例えば、アメリカで日本の米作りに取り組み、高品質な米を生産している「田牧(タマキ)ファーム」の事例などが知られています。ただし、これらの事例は、日本の大手農業法人が大規模に海外展開しているというよりは、まだまだ特定の企業や個人の挑戦的な取り組みとして捉えるべきでしょう。
総じて、日本の農業法人の海外展開は、米の生産よりも、**「日本ブランドの価値」**を活かした高付加価値な農産物の生産や、流通・販売、あるいは農業技術の提供といった分野にシフトしている傾向が強いと言えます。
酩酊している農業政策、そして国民の役割
ITや若者の力は、あくまで**「ツール」であり、それ自体が問題を解決するわけではありません。日本の農業が本当に再生するためには、これらのツールを最大限に活用できるような「羅針盤」**が必要です。
- 農地の集約化と大規模化:耕作放棄地を有効活用し、意欲ある農家が大規模に農業を展開できるような仕組みを構築すること。
- 独自の流通ルートの開拓:インターネットなどを活用し、生産者が直接消費者に販売できる仕組みを強化すること。
- 付加価値の高い農業の推進:単なる農産物の生産だけでなく、加工品の開発や観光農業など、付加価値の高い事業を展開すること。
- 包括的な政策支援:単発的な補助金ではなく、新規就農者の育成から定着までを長期的にサポートする包括的な政策を打ち出すこと。
ITと若者の力は、日本の農業を立て直すための重要なピースです。しかし、そのピースを活かすためには、国の政策、地域のコミュニティ、そして農家自身が一体となって、本質的な構造改革を進めることが不可欠なのです。
そして何より、これらの抜本的な改革を進めるためには、国民全体で政治を動かすことが不可欠です。最近SNSなどでカビの生えない薬品を付した輸入米のことが取り上げられています。消費者は、食の安全という観点からも単に価格の安さだけで農産物を選ぶのではなく、日本の農業を支えるという意識を持つことが重要です。また、一票の重みを理解し、農業政策を重視する政治家や政党に声を届ける必要があります。
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